そして雨になる

ネット上でだけよく吠える、コミュ障のブログ。

「何でも」やろうとすると、結局何も出来ない

 新しいもの好き?なお上の方々は、「これは良い」と思ったらどんどん投入し、「お前らコレやれ、良いぞ」となる。

 当たり前だが、そういった活動は、通常の業務と並行して行われることになる。どちらかをストップさせてどちらかに専念する、というわけにはいかない。仕事をこなしながらも自己啓発や業務改善を行っていかなければならない。

 こういう「何でもやる」ような姿勢は、見かけ上は「ああここはこんなこともやるのか」という印象を与えることが出来る。「仕事もある上に更に会社単位で自己啓発、業務改善」こう書くと、やる気のある素晴らしい会社だと思う人間もいるようだ。

 しかし、俺はそう思わない。何故なら、幾つも並行して活動を行うと、かなり高い確率でそれら全てが「中途半端」になるからだ。活動が幾つもあるおかげで、「こいつの出来は良くないけど、他の活動もあるし、仕事もあるし、まあ良いや」と妥協してしまい、作りこむことをしなくなる。その姿勢を別の活動にも適用してしまい、結果、全ての出来が中途半端になる。

 これを「段取りが悪い」「やる気がない」と叱責されても困る。こんなことにやる気なんて出る訳あるか。第一に(うちの場合だが)、そういう活動に報酬は出ない。自己啓発や業務改善などは所詮社内での活動であり、さらに時間外である。それを行っている時間は売上げに繋がらない。

 第二に、この活動に終わりは見えない。「どこまでやったら終わり」なんていうラインは存在せず、これをやったら次はあれ、その次は・・・と、テーマは絶えることなく生まれてくる。ゴールの見えない持久走のような印象だ。そんなレース、最初から参加したくない。

 第三に、そもそも幾つもあること自体、やる気が出ない最たる理由だ。あれもこれもという姿勢は、最初こそ続くかも知れないが、いずれ必ず気力が落ちてくる。そうなると本来の力なんて発揮できないし、落ちた気力のまま仕事するとなると、その効率まで悪くなる。良い事がない。

 こういった活動は1つくらいならまだ良いかも知れない。だが2つ以上となると、その並行するもの全ての出来が中途半端になってしまう可能性はとても高い。どうせ中途半端なら、最初からやらない方がマシだ。「何でもやろう」は結局、何にもならない。