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そして雨になる

ネット上でだけよく吠える、コミュ障のブログ。

私の性格は仕事にどう影響しているのか

 前回「コミュニケーションは何故こんなにも辛いのか」で、私のコミュ障っぷりをつらつらと書いたのだが、今回もそのことに関連する話を書こうと思う。

 

 私は自分のことを、「警戒心強すぎ」「協調性無すぎ」と思っている。

 

 1つ目の「警戒心」について。「心配性」とも言えるかもしれない。ちょっと考えてみると事象はいくらでもある。

  • 仕事上、上司に報告する必要がある時は、数分使って「こう言ったら良いだろうか」「この言い方はまずいか」と、言葉選びや自問自答を繰り返している。
  • 知らない電話番号から電話がかかってきたときは、すぐ出ずにその電話番号をグーグルで検索する。
  • たまたま私の後ろを歩いているだけの人に対して身構える。
  • 入ったことのない店に入るのに何日も要する。
  • 便所で隣に誰かに立たれると、その人を気にしすぎて用を足せなくなってしまう。(他人の視線が怖い
  • 少年少女の集団を見かけたら、近づかず遠回りする。店の前にいるなら、入店を諦める。

 という具合である。慎重になりすぎて自分で自分を疲れさせていることは間違いないだろう。だが、学生の頃からこんな調子である。
 特に2番目の「知らない電話はまず検索」は、それが応用されて、仕事中率先して電話に出ない。およそ電話をかけてくる会社の名前は知っているとは言え、私は話しかけてくる人間とは会った事も話したこともないからだ。知らない人からの電話同然なので、進んで取ろうという気にはなれない。

 

 2つ目の「協調性」について。無すぎると言ったが、それは対象が「あまり親しくない人間」の場合に限られる。仕事上の付き合いしかない社内の人間は全て、「あまり親しくない人間」に分類している。
 つまり私は会社においてまったく協力的でない。業務上の指示・命令はそれなりにこなすが、それ以外のことはしない。言われたとおりにするだけである。
 たとえば、部署での食事会。上司は時々、昼または夜、部下を連れて食事に行きたがる人だ。大抵は奢ってもらえるようで、同期や後輩はよく連れられて行っている。だが私はと言うと、強制という雰囲気がない限りまず出席しない。何故なら、せっかくの休憩時間まで気を遣って話さなければならないからである。1,2回行ったことはあるのだが、私は終始ダンマリだった。その場にいることすら辛く、ただこの時間が早く終わってくれと願うばかりだった。
 また、先日の大雪の影響で、月曜日の朝は雪かきが行われていたが、私は手伝わなかった。何故なら「人手数多」と勝手に判断したからだ。一度外の様子は見に行ったのだが、道具もなかったので、外でブラブラしていても邪魔なだけだろうと思ってすぐ退散した。
 私は、協力は要請されない以上はしたくない。「仕事」として行うのは構わないが、そこに少しでも「任意」を感じると、したくなくなってしまう。私にとって、付き合うというのはそれだけで「仕事」だ。業務以外で親しくもない人間と関わるのは疲れる。

 

 以上、もはやコミュ障とかどうとかではなく人間のクズみたいな考えであるが、これが私のありのままである。
 なおこの話は、前述のように「あまり親しくない人間」に対して適用される。親しい人に対してそんな過度な警戒はしないし、身内や友人との付き合いを「仕事」だとは全く思っていないし、何より私が進んでその交流を楽しめている。何ら苦ではない。

 

 どうやら私は見知らぬ人に対して冷酷すぎるらしい。それを乗り越えて私と親しくして下さる皆様、やはりあなた方は私にとって特別な存在のようです。