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そして雨になる

ネット上でだけよく吠える、コミュ障のブログ。

残業に慣れたら「成長」でなく「麻痺」

 本日19時30分。定時を90分過ぎた頃、私の2つ下の入社2年目の後輩が、線材系のゴミを広げて何かしていた。

 

 「あれ、何してるの?」

 「はぁ、こいつらの分別です」

 

 驚いた。自分が出したゴミじゃないのにその分別とは。しかも定時後なのに。これはかなりサービス残業に慣れてきてしまったようだ。後輩は、結局その雑用を22時までやっていた。約2時間タダ働きで掃除をやっていたことになる。私なら、本業務を終えているのだから、せいぜい10分か20分やってさっさと帰るものだが・・・。私は仕事が終わらず残っていたが、彼は早く帰れば良いのに、とずっと思っていた。

 

 自分の仕事ではないことで22時まで残れるというのは、どう考えても残業、というかタダ働きに慣れが生じてしまっている。確かに彼は、1年目の後半くらいからは21時退社がデフォルトになっていた。時には日付をこえることもある。それも「慣れ」の原因の1つと言えるだろう。私は1年目の頃は常に19時くらいには退社出来ていたので、今も20時まで残業することは精神的に苦痛だ。残念ながら少なからず慣れてしまったようだが。

 

 問題なのは、こういった「報われない長時間残業」をすることを「成長」だと思っている輩が結構いるということだ。残念だが、長時間の残業が続くことに対して、「こういうこともあるから、頑張って成長していこう」と促してくる人が、実際にいる。正しくは「こういうこともある」ではなく「こういうことしかない」のだが。社内にいると忘れそうになるが、この「成長」という言葉は、いわゆる我々若手の頭を押さえつけるための便利な言葉にしか感じられない。奴らは何かに付けて成長が云々と言ってくるので、これは私たちを理不尽に耐えさせるためのおまじない的な言葉なんだろうと思っている。

 

 そうやっておまじないをかけられた若手社員は「あぁ、どこもこんなもんなのか」と諦めがつく。そして長時間の残業に、どういうわけか納得してしまう。これはもう(サービス)残業に対する嫌悪感が麻痺してしまっているに他ならないだろう。慣れてしまえば特になんとも思わなくなってしまうものだ。果たしてこの状態が「成長」と言えるだろうか。どう考えても「麻痺」と言う方がしっくりくる。

 

 慣れてしまうと、「自分は麻痺している」という自覚すら持てなくなる。そうなったら後は経営者の都合のいいように使われるだけである。

 

 ※上記は全て自分へのブーメランでもある。