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そして雨になる

ネット上でだけよく吠える、コミュ障のブログ。

働く者も働かざる者も食うべし

 午後、眠くなり仕事に飽きてきた頃に、ふと思いついて「働かざるもの食うべからず」という言葉についてググってみた。まさか、検索結果の1番目にWikipediaの記事が出てくるとは思わなかった。

 

働かざる者食うべからず - Wikipedia

 

 読んでみたところ、こんな一文があった。

 

 かつて、レーニンがこの言葉を使った際には不労所得で荒稼ぎする資産家達を戒める為のものであった。

 

 なるほど、この言葉の本来のターゲットは、資産家だったようだ。ただし80年くらい前の話らしい。そんな、もともと資産家へ向けて言われたこの言葉が、今では経営者から従業員へ(我々の思考を停止させるために)向けられる言葉になっているようだが、この80年に一体何があったのだろうか。

 

 日本で最初にこの言葉を使ったのは、恐らく人を「動かす」側の人間なんだろうという想像は出来る。「俺の会社の為に働け、そうでないヤツは飯食う権利もねえ」という意味で使ったんだろうか。もしその使い方で広まっていったんだとしたら、なんとなく寒くなる。また、当の従業員が、その言葉について納得したうえで従業員同士で使っているのもなんとなく寒くなる。というか、気持ち悪い。「労働」に対する価値観を強制的に植えつけられているようで気持ち悪い。

 

 そもそも「働く」ことって、そんなに美化するものでもない。労働を美化するなら、度を越した拘束とか、残業代を出さないとか、無賃で休出とか、そういう汚い手をやめてから美化したほうが良いんじゃないかと思う。

 

 さらに、別に働いている人は働いていない人より偉いものでもない。正社員、派遣社員、アルバイト、自営、無職、どんな形にしても、それぞれに稼ぎ方、利点、欠点などがあって当然であり、どの道を選択するかは結局は我々しだいであるハズだ。どれかが正しくてどれかが間違っているといったことは無いと思うのだが、「正社員が普通だ、フリーターニートなんて許さん」なんていうあまりにも偏った考えを持つ人が(特に私の周りの年配に)多いように感じる。

 

 要するに、生き方なんて人それぞれで良い。なので、「働かざるもの食うべからず」と言われてもピンとこない。メシを食っていくことに、何故すぐに「働く」という事象が結びついてしまうのだろう。働いていなくたって食べる権利くらいある(権利とかどうとか言う方がバカらしい)し、「働かずに食うメシ」だって当然うまい。というかそもそも、働かずにうまいメシを食べられた方が得だ。