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そして雨になる

ネット上でだけよく吠える、コミュ障のブログ。

「私はこれで成功した」は完全スルーしようと思う

 今年の目標は「埼玉に転職する」に決まった。

 

 さて、今日が仕事始めだった。年始の挨拶の中で、社員の一人が、いわゆる「私はこれで成功した」の類の話をする場があった。

 

 今まではこうだった、けどこうやってみた、そうしたらこう変われた、そんな話だ。

 

 資料や話のネタなど、頑張って用意した当の本人には申し訳ないが、私はこの話を一切合切聞き流した。その理由は「いくらやったところで私は貴方にはなれない」からだ。

 

 本屋に行くと、この手の話をしている「自己啓発本」というコーナーは大体どこにでもある。私も会社員になりたての頃は、入社1年目の人間が云々とか、ほうれん草がどうとかいう本に手を伸ばしては読んでいた。

 

 後から気づいたが、こういった話はほとんど全てが著者自身の体験談だったり、「そう考えている人が多くいる」話を挙げているだけだった。こんなものを読んでそれを鵜呑みにするのはたいへん難しい。と言うより、真似などしたくない。

 

 まず私は著者とは違う。生まれた年、出身地、容姿、学歴、得意分野、好物、年収、スキル、その他その他…。何もかもが著者とは違う。所詮は他人の話である。そんな人が書いた「自己啓発書」を読んだところで、私の何がどう変わるというのだろう。私が何かを変えたいと望んだところで、そのための方法が本に載っているわけがない。それは、繰り返しになるが、「私は貴方ではない」からだ。結局、変わりたいなら、その方法は自分自身で見つけていくしかない。…ヒントなら本からも得られるかもしれないが。

 

 これは完全に私見だが、自己啓発書が売れ続けるのは、悩みや不安を抱えた人間が多く居るからだと思う。このままじゃいけない、でもどうしよう……そういった焦りや不安の感情を抱えているとき、本屋に並んでいるこの類の本は、不安を抱えた人にとってまるで「助け舟」のように見えるのかもしれない。本に手を伸ばしていた会社員1年目の私もそういう不安を抱えていた覚えがある。そもそも、他にどんな人が買うんだろうか。私には思い浮かばない。

 

 それに加えて、「生存バイアス」という言葉もつい考える。生き残りだけが注目され、退いたものはそもそも母数に入らない…という意味だったと思う。世界には、店頭に並んでいる本の著者以外にも、何人も色々な人が存在しているわけなのだが、「今話題の本」などと宣伝されてしまうと、どうしてもそこにばかり注目してしまう。実際には本も書かずにうまく過ごしている人、もしくは書いたけれども店頭に並ばなかった人、そんな人たちが大勢いるはずだ。

 

 極端に言ってしまえば、今回の社員の話も、本に載っている成功例も、たぶん、偶然の賜物だ。そこに意味を持たせるのは、いつも「人間が」「後から」だ。だから、参考にしたところで何の価値も無い。そういうわけで、生存バイアスで固められた成功体験談には耳もくれずに生きていこうと思った。