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そして雨になる

ネット上でだけよく吠える、コミュ障のブログ。

「常識」≒「そう言った人の行動の履歴」では?

 「常識」と言う言葉は、誰でもどこででもよく耳にする言葉だ。要は「普通の人間なら知ってて当然」とされている知識のこと、程度の意味か。

 

 特に会社にいると、「そんなの常識だろ」と教えられたり、注意されることがよくある。それは例えば①○○市の市外局番だったり、②電気分野でのナンチャラの法則とか設計法だったり、③社内での服装だったり、④始業○分前の出社という話だったりする。①と②は良いとして、③は微妙に、④は全く意味が分からないから真に受けず適度にスルーしている。

 

 で、その「常識」、この言葉を言い出した人によってその内容は全く違っている。ハードの人間とソフトの人間の会話の中でも聞くし、同じ部署の人間同士の会話でも「常識だよ」「え、そうなの?」という事態は起こっている。

 

 だがこれは自然なことだと考えられる。ある人にとっての「常識」というのは、それを言った人が今までに経験したり学習したりしたことの積み重ねによって形成されていくものだからだ。「その人の行動・経験・学習などの履歴」イコール「その人の常識」なのではないかと考えている。行動や経験などが違えば、履歴の内容も違って当然ではないか?

 

 だから、ある事柄を知らない人に対して、「常識」という言葉を使って非難するのは何だか納得しない。相手も自分と同じような考えを持って、自分と同じような道を渡ってきている、なんてことを前提に話されても困る。