「社会人としての常識」って何なのさ
今日も出た。誰かが誰かを説教中、「社会人としての常識」という言葉が出た。私の中では名言に近いこのフレーズは、いったい何を言おうとしているのか。
そもそも、「社会人」という単語がなぜ「働いている人」のみを指すように使われることが多いのか。社会の人と書いて「社会人」、それはつまり、生まれたての赤ん坊も、定年まで勤め上げた老人も「社会人」ではないのか?
そして「常識」、これは本当に中身の無い言葉だと思う。いや、正しくは、「常識」の意味は発言者によってまったく違う、と考えている。発言者が今まで見たもの、聞いたもの、感じ取ったもの、経験したもの…そういった個人的な要素がまとまって、発言者の「常識」となるのであって、ただ単に「常識」と言っただけでは何も言っていないのと同じではないか。なぜなら、意味が定義されていないように思えるからだ。
そういうわけで、「社会人としての常識」というフレーズは一体何を伝えくて使われるのか、私には理解できない。まったく分からない。「社会人」と「常識」に分割してもやはり分からない。このフレーズを使う説教に果たして意味はあるのか。聞こえてくる説教を聞きながら、何となく考えてしまった。